2012年11月5日月曜日

京都御所一般公開(小御所)

清涼殿の次は小御所(こごしょ)

慶応3年(1867年)12月9日、王政復古の大号令が
発せられた日の夜、ここで「小御所会議」が行われた



小御所の南面
警備員が角に立っていて撮影すると警備員が入るので
嫌だなと思っていたら、気を利かして視野内から消えてくれた

以下は小御所の襖絵



















小御所の前は御池庭があり縁側から庭を眺めて
四季の移ろいを愛でていたのだろう

御池庭パノラマ


小御所の北側には蹴鞠の庭がある




京都御所一般公開(清涼殿)

紫宸殿に続いて清涼殿へと進む
まず目に入ってくるのが「年中行事障子」
ガラスで覆われているので書かれている文字が
見難いが年中行事が書かれている




清涼殿を南東側から見たところ
画面左側が年中行事障子



母屋には、獅子狛犬に守られて
御帳台(みちょうだい)が置かれています。


土佐光清筆の「昆明池障子」


北東側から見た清涼殿


清涼殿を見学して次の場所へ移動する見学者たち




京都御所一般公開(紫宸殿)

日華門を潜ると右手に大きな建物が見える
これが紫宸殿である
建物が大きく近くでは全体の形状がつかみにくい
ここへ来る前に承明門から建物全体を十分に鑑賞
しておくべきだ




ロープが張ってあるのでこれより後ろへ下がれない


全体像はこのような形だ(宮内庁hpより)





振り返ると承明門更にその先に建礼門が見える



右近の橘




左近の桜



紫宸殿に向かって右側にある宣陽殿の格子戸




紫宸殿の鬼瓦


正面左横から撮影



正面左側入り口




2012年11月4日日曜日

京都御所一般公開(承明門・日華門・建礼門)

パメル展示を見て更に進と左手に朱塗りの承明門、
右手に建礼門が偉容を誇っている

 


承明門は開いた状態で、門を通して紫宸殿が見える



承明門の向かいは建礼門









回廊に沿って進み左に折れると日華門がある
ここを入ると先ほど承明門から見た紫宸殿へ行くことが出来る


京都御所一般公開(践祚の儀のパネル展示)

 慶応3年(1867年)1月9日京都御所内小御所において行われた
「践祚(せんそ)の儀」を描いた明治天皇紀附図がパネル展示されていた
践祚とは皇位につくことを言います
これらのパネルは月華門から承明門に到る回廊に展示されていた

明治天皇がご誕生になった「中山邸」の御産所



御深曽木
成長儀礼の一つで、髪を揃えて削ぎ
基盤から吉方へ飛び降りる儀式



立親王宣下
明治維新以前、皇子は勅を下されて親王となり命名が行われました
陣の座に公卿が着して「睦仁」と書いた名字書を下し、宣下の儀式を行っています



王政復古
王政復古の大号令が発せられた日の夜、小御所で行われた会議


御元服
元服は男子の成年式で、中心となるのは加冠の儀
御帳台の明治天皇の前で加冠役の伏見宮邦家親王が
御冠を捧げて祝いの詞を奏し、ついで御帳台に昇り
御冠を加え奉ります



各国公使招見
明治天皇がフランスとオランダの公使を引見
明治政府が国際的儀礼に則って外交を
続けることを内外にアピールしました 



五箇条御誓文
明治新政府の基本方針を示したもので天皇が公卿・諸侯
以下百官を率いて天神地祇に誓う形で公にされました


即位礼
皇位を継ぐことを公に宣し、それを寿ぐ儀式


皇后冊立
入内の行列が朔平門を入るところ




京都御所一般公開(御車寄・諸大夫の間)

宣秋門から入場して最初の見所は御車寄


 御車寄(おくるまよせ)は、昇殿を許された親王や
摂関家などが 正式に参内する時の玄関です

御車寄を見て建物に沿って左に曲がるとそこは「諸大夫の間」

 諸大夫の間(しょだいぶのま)は、正式に参内した者の控え室で、
身分に応じて異なる部屋で控え、襖の絵にちなんでそれぞれの
部屋(三間)は、「虎の間」「鶴の間」「桜の間」と呼ばれています




桜図


鶴図











虎図








諸大夫の間を見学している人達


諸大夫の間の檜皮葺の屋根